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営業時間 11:00~19:00
(祝日を除く火曜定休)

ミニチュアダックスのブリーダーとして、自分自身が経験したり感じた事から、納得のできるものを作っていき、同じ思いを持っている
ダックスフンドのオーナー様やそのワンちゃんに喜んでいただけたら…という思いが銀座ダックスダックスの始まりでした。
ダックス専門店のDDドッグフードやサプリメントはロング、ワイヤー、スムース、
そして、小型犬~大型犬まで沢山のワンちゃんに愛用いただいております。
ミニチュアダックスの子犬、洋服やミニチュアダックスフンドの飼い方、しつけ、
ヘルニアやアレルギー等の健康のお悩みやご相談も銀座ダックスダックスへ。
トリミングやビューティーケア、一時お預かりも行っております☆
ドッグフードサンプルもございますのでお気軽にお問合わせ下さい。

看板犬との出会いdeai

看板犬ヒストリー♪…byオーナー 巳作
出会いについての秘話?!
気になる名前の由来もお話します♪


☆ララ☆
1997.5.2生まれ


\ 是非見てね☆ byララ /

私の家族は動物好きで、一番多い時は犬6匹、猫10匹を飼っていたこともあります。
1人暮らしをはじめ、小型犬を飼うなら絶対Mダックスと決めていました。
しかし、仕事好きの私は朝から晩まで仕事の毎日だったので、飼う勇気はありませんでした。

そんな時、お休みで実家に帰っていた私に三箇先生から電話が来ました。
「今日、何時頃に東京に帰ってくるのかな?渡すものがあるんだけど・・」
その時、内容は聞かなかったのですが、私の直感で
「もしかして、ダックス?」となぜか思い、
急いで帰りました。
小さい箱を持って三箇先生がやってきました。
「もしかしてダックスですか?」といったら「なんでわかったの?」と
三箇先生のほうがビックリしていました。

小さい箱から出てきたのは、
赤いリボンをつけた可愛いレッドのMダックス♪
わずか1,1kgしかない本当に小さなかわいい女の子♪
念願のダックス!!その時の喜びは今でも忘れられません。

人間の栄養学や健康については詳しい先生もその時はまだワンコについてはよくわからず、
聞くところによると
ペットショップを10軒近くまわって、一番お目目がキラキラしていて
かわいい子
を選んでくれたそうです。
車で連れてくるときに、ちゃんと息をしているか、生きているかが心配で
何度も車を止めて箱を覗いて見たそうです。
この時には「銀座ダックスダックス」というお店までオープンするほど
ダックスに夢中になってしまうとは、夢にも思っていませんでした。

頑張って仕事をしてきたご褒美として三箇先生がプレゼントしてくださった念願のダックス・・
このかわいい小さな女の子に、素敵な名前をつけてあげたいと思い、考えたのが「ララ」
その頃読んでいた本の中で一番好きなシドニーシェルダンの
「星の輝き」の
主人公の「ララ」
の名前をそのままいただきました。

1997年7月、私にとって一生忘れられないララとの出会い☆
この日からララとの生活が始まりました。

(初めて飼う方のためにも初心者の私がララを迎えての失敗談や笑い話を少し書きます。)

ララと一緒に大きなダンボールと飼い方のビデオをいただきました。
ビデオを見るとこのダンボールを2つに仕切って、おしっこをするところと寝るところに分け、
おしっこのしつけが出来るまではそこからあまり出さないようにとのことでした。
(もちろん、ほとんどのペットショップではしつけまではされていません。)

室内犬を飼うのが初めてだった私は、そんな中に入れておくのはかわいそうだと思いました。
あまり触らないようにしなければいけないと言っても、こんなかわいい子が目の前にいたら
抱っこしたり、触りたくてしょうがない気持ちでいっぱいです。

寝るときだけは、その中に入れましたが、仕事に行っている間はお留守番もするのに、
こんな狭いところには入れて置けないと、お留守番中は8畳の部屋をララの部屋にしてしまいました。
これではおしっこのしつけなどできるわけがありません。
あっちこっちでおしっこをしてしまい、本当に困りました。

朝はララと少しでも多く過ごせるように早起きをし、なるべく仕事からは早く帰る様にしました。
仕事に行っている間、何をしているか気になって、
ビデオカメラをまわしっぱなしで出勤したこともあります。
(最初だけ鳴いていましたが、後はずーっと寝てばかりいました。)
かなりの親バカですよね!?

お散歩が出来るようになって毎朝ララを連れて散歩に行きました。
ワンコを連れていると色んな人が話しかけてきてくれます。
「何ヶ月なの?」「かわいいわねぇ」
ララは人にはとても愛想がよく、子供からお年寄りまでしっぽをフリフリ、
ゴキゲンなご挨拶をするので、みんなに可愛がられました。
ところが、ワンちゃんに対しては目も合わせようとしません。

私にとって子供のような大切な存在になっていたララのこんな態度を見ていて、
私は
この子がどんな親からどのように産まれ、どのように育って私のところにやってきたのかが
知りたくなりました。
でも、もちろん知ることは出来ません。

私の想像では、親離れしてすぐにペットショップに行き、人間が面倒を見ていたので、
人は大好きだけど兄弟たちと過ごす時間がなかったために、
ワンコに対してどう接すれば良いかわからないのではないかと思います。
1.1kgという体重も今考えるとちゃんとした栄養を与えられていたのかなぁと思ってしまいます。

その頃の私は、とにかく、ダックスについて何もわかりませんでした。
もちろん、ダックス専門店をオープンするなどこの時には全く考えてもいませんでした。

2002年2月オープンする際に、自分自身の失敗を含めた様々な経験を生かし、
「銀座ダックスダックスの中で出来る限りのことをやろう。」と決めました。
育児日誌やトイレトレーニング、お留守番訓練などを行っているのも、自分自身の経験からです。
ララをはじめとする看板犬達への思いと同じ様にワンちゃんを愛する飼い主様、
そしてワンちゃん自身に信頼し続けられる「銀座ダックスダックス」でありたいと思っております。



☆ルル☆
1997.7.18生まれ

ララを飼い始めてからダックスの本をよく見るようになりました。
ダックスにスムース、ロングがいたのは知っていましたが、
ワイアがいることは本で初めて知りました。
「次に飼う子はワイアがいい」と密かに思っていました。

ある日、ララを飼って初めて出張に行くことになり、実家に預けることになりました。
ララのことが気になり、実家に電話すると「人懐こいからみんなに可愛がられていて、
たまに猫と遊んで楽しそうだよ」と母がいいました。
「あのララが猫と?」と思いつつ、「一緒に住めば慣れるのかもしれない。いつも1人で
お留守番よりお友達がいたほうがララにとってもよいのかも?」と思い、もう1匹飼おうと決心しました。

ただし、他のワンちゃんとは目を合わせようとしないララが気に入るかが問題です。

ペットショップへ行くとワイアダックスがいました。
ララを近づけ「この子どう?」と聞いても顔も見ようとせず、興味なさそう。
店員さんに他にワイアの子はいないかと聞くとちょうど明日何匹か新しい子が入ってくるとの事でした。

翌朝一番でララを連れて見に行きました。
「インターナショナルチャンピオンの子もいますよ。この子です。」と連れてきたワイアの子。
ワンコを見ようともしなかったララがその子だけにはチョッとだけ顔を近づけました。
「この子にします。」ララの態度を見てすぐ決めました。
ララが選んだ子。それがルルなんです。

次に飼うのはワイアと密かに決めていたのと同時に次に飼う子の名前は
「ララ」の「ラ行」からとろうとも決めていました。
ルルを見たときに・・・「リリ」「ルル」「レレ」「ロロ」??
・・・「ルル」にしよう!と決めました。

ララは本当に良い子を選んでくれました。
今こうして13匹飼えるのもルルがいてくれたからだと、とても感謝しています。
なぜかというと
ルルはとても面倒見がよく、下の子が入ってくるとよく教育してくれます。
悪いことをしたら怒って、良いことをしたらペロペロ舐めてあげます。
スカイを始め、看板犬達はみんなルルに教育されてきました。
10歳になっても子犬ちゃんと遊んであげているルルを見ると本当に頭が下がります。



☆スカイ☆
1999.1.30生まれ

ララとルルを飼い、ダックスに夢中になり始めた頃、引越しをしました。
偶然にも近くに
ダックス専門店がありました。
今まで見てきたペットショップとは違い、仔犬ちゃんが何匹か一緒に、
広いところで伸び伸びとしていて、おしっこ訓練もされています。
しかも色々なカラーの子がいます。ダップルは知っていましたがパイボールドは
そこで初めて知りました。

三箇先生に話したら見に行きたいということで一緒に行くことになりました。
勉強好きな先生は、どうやったらパイボールドが産まれるのかなど興味深く聞いていました。
ダックスの本では物足りず、もっとダックスについて知りたかった私たちは
よくそこに行くようになりました。
ロングのララ、ワイアのルル、次はスムースもいいなぁと思っていたのですが、
私が1人で飼うに2匹が限界です。

ある日三箇先生と行ったとき、ブラックタンのスムースがお店にいました。
お店の方が
「この子はパイボールドキャリーのブラックタンだから、パイボールドか
キャリーの子をかけるとパイボールドを産む可能性がある。」
と教えてくれました。
それを聞いた三箇先生はそのブラックタンのスムースの子に
「うちに来る?」といったかと思うと
お店の人に「この子ちょうだい」と言いました。
突然のことに私はビックリして「えっ?飼うんですか?」と驚いたと聞くと
「かわいいし、パイボールドも産ませてみたい」とその時すでに出産を考えていました。

その時すでに会社が銀座の自社ビルに移転することが決まっていました。
ララ・ルルを会社に連れて来れるように屋上を改造することも決まっていました。
ボイラー室を撤去して冷暖房完備の部屋、日向ぼっこも出来るように外はラティスフェンスで
囲い外と中を自由に行き来できるようにしました。小さなワンコにとっては広いスペースです。
3匹にとっては広~い空間!余裕です。

すでにその子の血統書に「スカイ」という名前がついていて、
スタッフの方たちからも「スカイ」と呼ばれて育てられていました。
三箇先生も
「じゃぁこのまま「スカイ」という名前にする」とおっしゃって
そのまま「スカイ」という名前になったのです。
と言う事で、実はスカイは三箇先生の子なんですよ。



☆ミラ☆
1999.8.30生まれ

銀座のJMSビルに移転をし、ララ・ルル・スカイの3匹は会社にいる間、
屋上で過ごすようになりました。ますます、ダックスに夢中になった三箇先生と私は、
相変わらず時間が空くとダックス専門店に通っていました。

ある日、お茶目な顔をしたかわいいロングのダップルちゃんがいました。
先生いわく「安室奈美恵」ちゃんみたいにすごい美人さん!!
三箇先生がまたその子に「うちにくる?」と話しかけていました。
でも、お店の方がそれを見て
「この子は4匹目にはふさわしくないので、
違う子を連れてきてあげましょう」
と他のダップルの仔犬ちゃんを連れてきてくれました。
「この子だったら4匹目でも問題ない手間のかからない子だから飼うのだったら
この子の方が絶対おすすめですよ」

確かにおとなしそうで、
キョトンとした顔をしています。
「じゃぁこの子にしましよう」と三箇先生が決めたのがミラです。
お墨付きだけあって、本当にミラは手間のかからない子です

実はミラも三箇先生の子なのです。これを書くにあたって名前の由来を聞いたところ、
初めて会ったとき、キョトンとしていたところから、
ミラというお星様が、ラテン語で
「不思議なもの」という意味だったので「ミラ」
と名付けたそうです。
ミラの血統書名は「ミラクル レナ」なので、「ミラクル」の「ミラ」と思っていました。
お星様の「ミラ」だったとは実は私も始めて知りました。

ララ・ルル・スカイ・ミラと毛種もカラーも違う4匹が揃いました。
この時点でも銀座ダックスダックスをはじめることはまだまだ考えてもいませんでした。



☆チャチャのお話にいく前に…☆

私はララを飼う前から決めていることが1つありました。
 それは
「必ずその子の子供を残すこと」でした。

実家ではたくさんのワンコを常に飼っていましたが、一番思いの強かったのが
「ブレイブ」という
コリー犬でした。女の子でしたが、一度も出産の経験はありませんでした。
ブレイブが突然倒れ、最期のお別れは今までになく悲しい出来事でした。
5年くらいは思い出すと泣いていました。
「ブレイブの子供を残せばよかった」と、とても後悔しました。
この時に今度ワンコを飼ったら絶対子供を残すと決めていました。
そして年が離れるように、最後の出産の時、子供を残すことも決めていました。
年をとっての初産は負担がかかるのでそれまでに何度か出産を経験するように考えてもいました。
ララ・ルル・スカイ・ミラこの4匹の子供を将来残すということは、
銀座ダックスダックスをオープンする前から決まっていたのです。

銀座ダックスダックスをはじめる前にも最初の4匹は出産の経験をしていました。
4匹の出産はそれぞれ、獣医さんが出産のときに最初から最後の子が産まれるまでずっと
病院で立ち会ってくださいました。
しかもその時にレントゲンの見方、消毒などの重要性や
産まれてからの対処の仕方・・・へその緒の切り方から胎盤の出し方、産まれてきた赤ちゃんの
異常がないかどうかを含めた健康チエックの仕方、万が一の場合の処置の仕方など色々なことを
丁寧に実践しながら説明をしてくださり、
まるで獣医さんになる研修を受けているかのようでした。

「お産は魔物。何が起こるかわからないから絶対気を抜いたらだめだよ。」

いつも獣医さんが言ってくださいました。
これはスカイとミラの出産のときにその意味がよくわかりました。
(後でお話しする、チャチャとイヴが産まれた時のことです)
「お産は魔物」今でも出産の度にこの言葉を思い出しています。
銀座ダックスダックスをはじめることになり、衛生面やワンちゃんの管理などについても、
念には念を入れるようにと慎重すぎるくらい様々なアドバイスをして下さいました。
この獣医さんは、2007年に永眠された、
花澤典雄先生です。
ここまで動物に対して愛情深く、真剣に考えてくださる獣医さんに出会えたのは、恵まれていたとしか
言いようがありません。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

お客様が信頼・安心してご利用頂ける「銀座ダックスダックス」
であるためにも、この教えをこれからもしっかりと守っていきたいと思います。



☆チャチャ☆
2000.8.12生まれ

スカイは特にパイボールドキャリーということもあり、
お相手にはパイボールドのワイアで世界初のチャンピオン犬
を選びました。
どんな色の子が産まれるか、スムースになるのかワイアになるかもわからないという楽しみがありました。

スカイを選んだときから決めていた出産に三箇先生もとても楽しみにしていました。
レントゲンを撮ると6匹いることがわかりました。ララ・ルルは3匹ずつの出産だったので、
頭数の多さにビックリしましたが、
スカイは骨格もしっかりしていて体力もあるので大丈夫だろうと思っていました。

6匹いるということもあり、万が一を考えて病院で出産させていただきました。
いきみだしたのは夕方でした。
1匹目からなかなか出ません。
忘れもしない隅田川の花火大会の日で花火の「ドーン」という音と共にやっと1匹目が産まれました。
2匹目はすぐ出るかと思ったら、なかなか出ず、さすがのスカイもかなり疲れているようでした。
やっと出たかと思ったら、3匹目もなかなか出ません。
確か夜11時は過ぎていたと思います。

このままだとあと4匹産むのにスカイの体力が心配ということもあり、帝王切開をすることになりました。
先生には「最善は尽くすけど4匹全員助かるかはわからないから覚悟してください。」
と言われました。私と三箇先生はこの時に
「お産は魔物」という言葉の意味を実感しました。
花澤犬猫病院はご家族の3人が獣医さん。この時間なので看護婦さんはいません。
お腹を開いてから4匹の子を取り上げるのには人数が足りません。

今までの出産で取り上げた子をどのように処置してあげるかは教わっていましたが、
実践したことはありませんでした。しかし、
この状態では、私や三箇先生もやるしかないです。
手術室に入ると、口にパイプのようなものを入れて、麻酔をしたスカイがいました。
スカイのお腹を切り開き、取り上げた子を先生に教わったように鼻を吸って
息が出来るようにし、洗ってあげました。出てきた子はみんな集中治療室に入れられました。

ブラックタンパイボールドが3匹、ブラックタンが2匹、そしてゴールドパイボールドが1匹
どうにかみんな無事でしたが、
ゴールドパイボールの子は青っぽく仮死状態のような感じ
かろうじて息をしているという感じだったのでまだ安心は出来ません。
「どうかみんな助かりますように・・・」と祈りながら様子を見ていました。
さっきは青っぽかった肌がだんだんピンク色になってきました。
「もう大丈夫でしょう」といわれ、麻酔から覚めた後のスカイをどのように子供に近づけたらよいのか
なども教えていただき、
病院を出たときには明け方でした。

三箇先生はこの仮死状態で産まれてきた
ゴールドパイボールドの子を残すことに決めました。
衝撃的な誕生で、出産の怖さを知ることが出来ました。
もし、獣医さんが1人しかいなかったり、酸素濃度の高い集中治療室がない病院だったら、
助かっていないかもしれない・・
私達は病院選びの重要性も感じました。

麻酔から覚めた
スカイはとても子煩悩で子供たちの面倒をよく見ていました。
しかし、さすがに6匹もいると十分に母乳がいきわたらないかもしれないと、
三箇先生がJMSビルの5階で仕事をしながら、面倒を見ていました。
この時の子育ての経験は三箇先生にとって貴重だったとおっしゃっています。
ゴールドパイボールドの子だけが茶色っぽかったので、三箇先生は「チャ、チャ、チャ」
呼んでいました。それがそのまま名前になったのがチャチャです。

1匹ずつ新しい飼い主さんの所に行き、チャチャが1人になってから、
三箇先生はチャチャをスーツの胸のところに入れていつも一緒でした。
チャチャはいまだに赤ちゃんのように胸元で寝るのが好きですが、
この頃を思い出してか、きっと安心するんですね♪



☆イヴ☆
2001.12.22生まれ

ダックスの魅力はカラーの多さにもあります。
最初の5匹にない色であるチョコ系の色が欲しいと思い、ミラはチョコタンの子と交配をしました。
レントゲンで4匹いることがわかり、今までと同じく出産の時は病院に行きました。
1匹目、20時42分チョコタン、2匹目、21時03分シルバーダップル、
3匹目、21時16分ブラックタンと
3匹目までは順調に出産しました。

「次はチョコダップルが産まれればいいなぁ~」
と密かに思っていました。
4匹目も今までと同じく順調に産まれるだろうと思っていたのですが、
いきんでもいきんでも4匹目が出てきません。触ってみると下の方にもおりてきていないようです。
先生から「ここまでいきんでいるのに下がってもこないということは、中で引っかかっている
可能性があります。子宮破裂を起こす可能性もあるので、
とにかくレントゲンを撮って確認しましょう。」と言われました。

前回のスカイの出産から、最後の子が無事産まれるまでは、気は抜けないということ
は肝に銘じていましたが、
最後の最後になってもこんなことが起こるなんて・・・。
とにかくミラに何かがあったら取り返しのつかないことになる・・・。
ドキドキしました。

レントゲンを撮ると
やはり2つの子宮の間に引っかかっていました。
23時45分頃より、帝王切開をすることになりました。
夜中の1時過ぎ、手術室からお腹から取り出した子供を持って先生が
「この子、4分間呼吸停止しているので助からないかもしれません」といいながら
酸素マスクをつけて甦生を始めました。

「ドキッ」としました。先生の手の中には小さなチョコダップルの子がいました。
私は目に涙を浮かべ、先生がやることをただ、手を合わせて見ている事しか出来ませんでした。
「どうか、助かりますように・・・」
腹式呼吸を始めました。集中治療室に入れて、この子だけは置いて帰ることになりました。

本当に良かった!ひとまず、ホッとしました。でも、明日どうなっているかわかりません。
そして、育っていく中でも何か起こるかもしれません。

「この子を残そう」三箇先生と私は決めました。
銀座ダックスダックスのオープンを決めたのは、ミラの妊娠中でした。
オープンのちょうど2ヶ月前、2001年12月22日の出来事でした。

スカイの出産の時、花火の音と共に産まれたブラックタンパイボールドの子は、
花澤先生の娘さんが飼うことになり、そのことがきっかけで娘さんご夫婦がやっている
「ルーズ」というレストランバーによく行くようになりました。
今回のことを話していたら
「クリスマスイヴではなく、イヴイヴだけれど、
イヴって言う名前かわいくなぁい?」
と聞き、素敵な名前だったので「イヴ」と名付けました。

産まれた時はどうなることかと思いましたが、イヴは病気1つせず健康に育ってくれています。
普通分娩だけでなく、チャチャとイヴが産まれた時の帝王切開の経験で、さらに色々なことを学べました。
ララ・ルル・スカイ・ミラとそれぞれの子の出産で長い時間、特別研修を実践編で何度も
受けた感じで、
先生にも「もう、十分に教えたから、今後は自分たちで出来るはず」とおっしゃっていただきました。

これ以降、
銀座ダックスダックスがオープンしてからの出産は全て会社か自宅で行っています。
それでも「お産は魔物」
何かあった時の為に出産予定日前のレントゲン確認、
出産予定日の獣医さんの予定も合わせ毎回お打ち合わせし、万が一の時に対応していただけるようお願いしています。
信頼できるホームドクターは本当に大切な存在です。



☆2002年2月22日 銀座ダックスダックスがオープン!!☆

看板犬は、ララ・ルル・スカイ・ミラ・チャチャの5匹でした。
(ちなみに、初めて定番Tシャツとして発売した
「NO.5Tシャツ」はこの5匹のことです。)
イヴ達4匹はオープンの日からパピー小屋で過ごしました。オープン当初はお洋服も少なく、
殺風景な店内でしたがイヴ達がお店にいてくれることで明るく賑やかになり、
初日にも関わらず、想像以上にたくさん方々にご来店していただきくことが出来ました。



☆ブラッキー&アカネ☆
2002.5.2生まれ

銀座ダックスダックスをオープンしてから初めての出産がルルの出産でした。
この出産をルルの最後の出産と決めていました。
そして、
この出産で男の子を1匹と女の子を1匹残したいと思っていました。

女の子だけでなく、男の子を残すには2つの理由がありました。
1つは、
男の子を飼ったことがなかったので、息子が欲しいと思ったこと。
もう1つは、
ルルと交配した子はパイボールドだったのでパイボールドキャリーの子を残して
チャチャのお婿さんにしたかったからです。


ルルにとって3回目の出産でした。ルルは出産2~3時間前からブルブル震えはじめ、
看板犬の中で出産のタイミングが最もわかりやすい子です。
ワンちゃんの出産は交配から60日から63日目が一般的です。

2002年5月2日、この日はまだ予定日の1週間近く前でした。
朝、犬舎からルルを出した時、「ブルブル震えて様子がおかしい」と
スタッフからの報告で、まさかお腹を打ってしまったのでは?と思い、
すぐに病院に連れて行きました。特に問題はないとのことで、
会社に戻ってから、見えるところにルルを置き、仕事を始めました。

電話をしながら気になって
ルルを見ると・・・なんと、子供の頭が見えてきました。
ビックリしましたが、電話中だったので、慌ててそばにいたスタッフにルルを指差して知らせました。
普通は出産予定日の2,3日前からいつ産まれても良いように全ての準備を整えてあるのですが、
まさか出産するとは思っていなかったので、準備もしていませんでした。

スタッフにとって初めて見る出産ですし、私にとっても病院に行かずに出産させるのは初めてです。
かなりビックリしましたが、とにかくすぐに準備をしました。
そんなハプニングの中、ルルは順調に出産をしてくれました。

ブラックタンとレッドの男の子、ブラックタンとワイルドボアの女の子の4匹。
もちろん、この時点ではどの子を残すかはまだ決めていませんでしたが、
チャチャはゴールドパイボールドで色が薄いので交配することを考えると色の濃い
ブラックタンの男の子の方が理想的と考え、ブラックタンを残すことにしました。
そして、女の子の方はワイルドボアを残すことにしました。

女の子の名前はすでに「アカネ」と決めていました。
これは
私が20歳くらいの時に将来自分の子供が産まれたら(人間の子です。笑)
「紅音(あかね)」にしたいと思ったことがあったからです。

男の子の名前はなかなか思いつかなかったので、三箇先生に相談したら
中学校1年の英語の教科書に、主人公達がスージーとトム、
そして「ブラッキー」という黒いワンちゃんが載っていたのが印象的だった
とのことで「ブラッキー」と名付けました。



☆レディ☆
2002.12.31生まれ

銀座ダックスダックスをはじめてから、自宅には毎日交代で
1,2匹づつ連れて帰る様にしています。
そして年末年始休みの12月30日から1月2日までは全員連れて帰っています。
私にとっては1年に1回全員と一緒にいれる一番嬉しいイベントです。
今では13匹でも慣れましたが、2002年の年末、8匹を家に連れて帰るのは
初めてで、しかもララの出産があるので、体温が下がった30日は三箇先生に来ていただきました。

ララはルルと違い、産みそうでなかなか産まない感じで前兆がとても長い子です。
出産の前はおしっこやウンチをして排泄をするのですが、
ララの場合、嘔吐も伴います。サークルで台所を仕切って
他の子が入ってこられないように準備をしました。
産箱に入ってもなかなか産まず、0時を過ぎ、31日になりました。
1時過ぎ頃、ララが不安そうにしているのでそばについていました。
1時半頃から出産が始まりました。レントゲンでは5匹いることがわかっていました。

5匹目が産まれたのは、確か、朝9時だったと思います。
レッドの男の子が2匹、レッドの女の子が1匹、
そして意外にも女の子の2匹はブラックタンでした。

ララの子供は絶対にレッドの女の子を残すと決めていました。
そして、
101匹ワンちゃんを見て「レディ」という名前にすることも決めていました。
たった1匹産まれたレッドの女の子。その子がレディに決まりました。

大晦日に産まれたレディのお誕生日は看板犬達全員でお祝いします。
みんなが大好きな手作りケーキを食べ、元旦にはおせち料理を食べるので
看板犬達にとっても年末年始は楽しいイベントです。



☆エクセレント☆
2003.10.5生まれ

ミラやイブはどちらかというと鼻が短く、
耳の位置が高くて短く、それがまたかわいいのですが(親バカですみません)
基本的に私の好みは、鼻が長く、耳が長い子です。
好みのタイプに近づける為、ミラのお相手の男の子を探す時、
ララの家系の犬舎を見つけ出してそこでお願いすることにしました。

交配相手に選ぶ子は直接会えないことも多いので、
チャンピオン犬なら骨格や体型など間違いないだろうと思って
チャンピオン犬のチョコタンの子を選びました。
交配に行ったとき、その子と直接会うことができました。
とても素敵なチョコタンで私は一目惚れしました。
その子との最初の出産のあと血統書がきて、さらにビックリしたのが、
チャンピオン犬ばかりの素晴らしい血統。
正直、自分が飼う子にチャンピオンタイトルを取らせようとは考えてもいませんでしたが、
「こんなに恵まれた血統なのにタイトルを取る子が途絶えてしまうのも・・・」という気持ちと
「ダックス専門店として1匹くらいはチャンピオンを育てるべきかも」という気持ちがあり、

機会があればチャレンジしてみようと密かに考えていました。

すでにお亡くなりになりましたが、犬舎のオーナーの方、
実はダックスの世界では
非常に有名で権威のある先生でした。
2回目の交配の時、先生に「銀座ダックスダックス」というお店をやっていることを伝え、
もし、産まれた子の中でふさわしい子がいたらタイトルに挑戦しようと考えていることも伝えました。
もちろん、ショーの審査員もやっていらした先生なので、
「将来タイトルを取れる可能性がある子かどうかは仔犬の時に見ればわかるから、連れてくればいい」
とおっしゃってくださいました。

エクたちが産まれ、3ヶ月後くらいに先生の所に連れて行きました。
先生はトリミング台の様なものを持ってきました。
1匹ずつ、ショーの時の「ポーズ」をとらせるとおっしゃるのです。
私は内心「こんな小さいのにそんなことできるの?」と思ったのですが・・・
先生が台の上でちゃんとポーズをとらせると
不思議なことにショーの時のようなそれなりのポーズをとるのです。
エクが台でポーズをとった時、「この子はエクセレント!!」とおっしゃいました。


言うまでもなく、
先生がおっしゃった「エクセレント」が名前の由来です。

私はエクをショーに出す為に家で練習し、ハンドラーの講習を受け、
パピーの部で初のデビューをしました。

ところが・・・ハンドリングのことばかり気になっていた私は、
エクのスタイリングにまで気が回りませんでした。
要は、ボサボサのまま出てしまいました(笑)
ショーに出る前に近くにいたハンドラーさんが、
あまりの酷さに見かねてエクをブラッシングで整えてくれたほどです。
それでもボサボサだったのです。

もちろん・・・だめでした。
エクはそれなりに頑張っていたのですが、私がだめでした(汗)
これはいけないと思い、その足で先生のところに
プロのハンドラーさんを紹介していただけるようにお願いに行きました。

先生はその場で連絡をしてくださいました。
そのハンドラーさんは私が出ていたところを見ていたらしく、
「先生のところの血統なので、どんな素晴らしい子がでてくるかと期待していたら,
ボサボサだったよ」・・汗・・・・
とにかく先生と一緒に銀座まで来てくださることになりました。

自分でショーに出し、チャンピオンにまで育てるのは片手間では到底無理だと悟った私は
エクをプロのハンドラーさんの元で育てていただこうと決意し、お会いするのを楽しみにしていました。

先生とハンドラーさんがいらっしゃり、エクセレントをトリミング台の上でポーズをとらせ、
「この子だったら大丈夫!」と試験を無事合格し、留学することになりました。

その時もうひとつ心に残ったことがあります。
ララの血統書を見ていただいたのですが
先生が育てた数多くのチャンピオン犬の中でも印象に残る素晴らしい子の血を引いていたらしく、
先生に「この子の子供を譲って欲しい」と言われました。


今考えれば、ララは6歳でしたが健康な状態だったので、
もう1回産ませれば良かったのかもしれません。
でもその頃の私は「出産は5歳まで」と決めていたのでお断りしました。

エクは訓練を重ね、プロのハンドラーさんとの初のデビューの日がきました。
私は三箇先生とショーを見に行きました。まるで初めての子供の運動会に行くように
カメラを片手に張り切っていきました。

待ちに待ったエクの出番がやってきました。
はじめは遠くで見ていたのですが、三箇先生が止めるのも聞かず、
興奮してカメラを持ったままだんだん近づいていってしまいました。

私にとってはまだまだ遠くにいると思っていたのですが、
かなり近くに行っていたらしくエクが気付いてしまいました。
もちろんタイトルは取れませんでした。
ハンドラーさんにも申し訳なく「もう二度と見に来ませんので宜しくお願いします・・(汗)」
なんて親バカな私なんでしょうか・・・エクタンごめんね・・・

そんなことがあり、私はそれ以来、
エクのショーを見に行くことはありませんでした。
その後、ハンドラーさんのお陰でエクも無事チャンピオンのタイトルをとる事ができました。
そして銀座ダックスダックスへ戻ってきたのです。



☆マリ☆
2003.6.5生まれ

エクが留学先から帰ってくる時、ハンドラーさんが
「エクととっても仲良しで2人を離れ離れにするのがかわいそうだから、一緒に育てて欲しい」
とハンドラーさんのご好意で来たのがマリでした。
マリはエクよりちょっと早くチャンピオン犬になっていました。
成犬になってから育てるのは初めてだったので、看板犬達と仲良くできるか心配でした。

エクが帰ってきた時、引き締まった体型にビックリしましたが、
一緒に来たマリは
「さすがチャンピオン犬」という感じで姿勢のきれいな子でビックリしました。
マリは自然とみんなに溶け込み、まるでここで育った子のようでした。
大らかな性格で順応性の高い子
で、エクと本当に仲良しでエクも心強かったと思います。
マリが来てくれて、本当に感謝しています。

DDの看板犬としてすっかり馴染んだマリですが、
ハンドラーさんがいらっしゃるとその喜びを身体いっぱいで表現します。

ところがつい先日こんなことがあったのです。
交配をする為にマリを連れてハンドラーさんのところへ行きました。
会ったら大興奮するだろうと思っていたのですが・・シッポを丸めて私のところへきたのです。
マリはすっかり「うちの子」になっているんだなぁと思いました。
これって飼い主にとってはちょっとよい気分ですよね!?

反対にレディの子であるブレイブにも久しぶりに会ったのですが、
慣れるまでは私のところに来ませんでした。
(なぜか一緒に行った、三箇先生のところにはすぐに行ったのですが・・)
今度のマリのお相手は先日チャンピオンにもめでたくなったブレイブに決めました。
この時、レディ最後の出産の交配相手も決めて来ました。

今、看板犬達1人ずつの出会いや名前の由来を書いていると伝えたら
マリの名前の由来を教えてくれました。
マリのお母さんは「サリー」という名前で「リー」と付く名前で統一したかったそうです。
それで「マリー」と名付けたそうです。


ということは「マリ」は本当は「マリー」???
そうなんです。
実はマリは「マリー」が正しい名前とこの時初めて知ってしまった私でした。(笑)

成犬になってからきたマリーですが、他の子と同じく大切な私の子供です。
私はマリーの最後の出産に他の子と同じく、マリーの子供を残す予定でいます。



☆アプリコット☆
2003.11.16生まれ

おばあちゃんは、ルルとスカイ。お母さんはアカネ。
看板犬の2つの血統が一緒になって初めての看板犬がアプです。

アプは小柄なせいか、クリクリお目目のせいか、性格のせいか・・・
私にとっては、
いくつになっても守ってあげたい子供のような存在です。
アプはとっても甘えん坊で飼い主にとってはおりこうさんで
かわいいワンちゃんって感じです。

ところが、ちょっぴり怖がりなところがあるのでワンちゃんに対しては、逆に強気に出る事もあります。
抱っこしている時に他の子が来ると、大きなお目目をさらに大きくし「ウゥゥッ~」なぁ~んて
生意気ちゃんになることもあるんです。

でも「アプっ」と呼ぶとお腹を出して「ごめんなさい」と大きなお目目が弱気な顔に変わります。
このギャップがなんとも言えず、かわいいのかもしれません。

ボール遊びが好きなのはママのアカネ譲り
なのかもしれませんが、1人で遊ぶのも得意です。
みんながいる屋上でもマイペースで1人遊びをしていることもあります。
DDで産まれ育った子供たちはいつもお姉ちゃんやお兄ちゃんと一緒なので
1人でいることには慣れていません。

マザコン・ブラッキーなんかはきっと1人でお留守番ができないだろうと思い、
させたことはないのですが、アカネやアプは1人でいても、
おとなしく1人で遊んで待っているのでお留守番させても安心です。

同じ血統でもそれぞれの個性があるのがダックスの魅力でもあると改めて感じます。
多頭飼いが多くなるはずですよね♪


アプリコットの名前を決める時、なかなか思い浮かばなかったのですが、
果物や野菜の名前を付けたいと思っていました。
バナナ、オレンジ、メロン、セロリ、レタス・・・と考えていたら
「アプリコット」が一番ピンときたので名付けました。

アプがいくつになっても私にとっては「お子ちゃま」って気がします。

甘えてくる時に大きなお目目を細めて気持ち良さそーな、
幸せそーな顔をされるとたまらないですよ♪



☆ジャズ☆
2004.10.11生まれ

アプに続き、おばあちゃんがルルとスカイ、
そしてお母さんがチャチャ、お父さんがブラッキー。

念願の出産でした。
ジャズが産まれた時の色が忘れられません。
ツヤツヤでビロードのような輝き☆

今のジャズからは想像出来ないくらい(?)、上品な色でした。

今のジャズ君のあの楽しいキャラは、仔犬の時からでした。
とにかくいつ見てもチャチャのおっぱいに吸い付いている印象しかありません。

もちろん兄弟の中でもみるみる大きくなりました。
ジャズはチャチャとブラッキーの性格の良いところを引き継いだ子で
見ているだけでこんなに楽しい子っていないと思うくらい独特なキャラを持っています。


歩いている姿も笑えるのは私だけかも知れませんが、
後ろから見るとジャズのお尻が「ハート」に見えるんです。
先日発売した「わんわんDVD」に屋上での看板犬達の風景が写っていますが、
ジャズはいつもあのようにみんなから遊ばれて喜んでいるんですよ♪

ジャズは男の子なのに
仔犬ちゃんと遊ぶのもすごく上手です。
ルルの血を引いているなぁと感心するときがあります。

きっと女の子だったらとても良いママになっていたと思います(笑)

ジャズの名前は三箇先生が考えてくださいました。
音楽にちなんだ名前にしようということで「ジャズ♪」になりました。

銀座ダックスダックスの看板犬達からも皆様からも
いつまでも愛される面白いジャズ君でいて欲しいと思っています。



☆つむじ☆
2008.1.18生まれ

久しぶりの看板犬の仲間入り♪
元気いっぱいのつむじですが、
この子を通して私はたくさんの体験をさせてもらいました。

生後2日目は5~10g位体重が減る子がいますがその後は減ることなく増えていきます。
私達は毎日朝晩の体重を測るのですが、
つむじの体重は2日目に40gくらい減っていました。
何度手助けしてもアプのオッパイを吸うことができないのです。

初めての経験でした。産まれた時に口蓋も確認して破裂もしていなかったのに、何で吸えないのかわかりませんでした。

すぐに授乳を始めました。はじめは2時間置きにミルクを与えました。
幸いにもミルクを飲むのがとても上手で与え甲斐がありました。
少し大きくなったら吸う力も出てくるだろうと思っていたのですが、相変わらずオッパイを吸えません。
離乳食までの20日間はミルクで育てようと心に決めました。
いつも帰宅するのが11時過ぎ、帰ったらまずミルク。
寝るのはいつも夜中の2時か3時頃なのですが、寝る前に2回あげると4時過ぎになります。
そして6時過ぎに目覚ましで起き、ミルクをあげます。
出勤前にもう1回あげられるように早めに起きて、会社ではスタッフが1~2時間ごとにあげます。
こんな毎日が続いたのですが、夜中でもシャキッと目が覚めたのが不思議でした。

まるでお母さんになった私は、
神様が私に子育てを経験させてくれているんだなぁ~とか、
人間の赤ちゃんを育てているママさんたちは大変だろうなぁ~とか、
色々な思いがありました。
なんと言っても、一生懸命ミルクを飲む、
つむじの生命力の強さが支えとなり、ようやく離乳食の日まで来ました。


21日目離乳食開始の日。
スタッフの塚本がつむじを連れてびっくりした顔をして私のところにやってきました。
「離乳食が鼻から出たので、鼻を吸ってあげたら、ビックリするほどの離乳食やミルクが出てきた」

というのです。慌てて口を開けたら、その時に限って、喉の奥まで見えるほど大きな口を開けました。

喉に近い、奥のほうが「口蓋破裂」を起こしていました。

オッパイを飲めない以外は便も正常、体重も順調に増えていたし、
産まれた時に口蓋の確認もしました。
だから私は「つむじはオッパイが吸えないだけで健康な子」とばかり思っていました
もちろん、今までこのような経験もなかったので、
「何で気付いてあげられなかった」というショックと同時に、
最初の4匹の出産時に立ち会っていただいた花澤先生から「口蓋破裂を起こしている子は育たない」
と言われたことが頭をよぎりました。


すぐに獣医さんに電話をし、とにかく病院に連れて行きました。
「亀裂がこんな奥だと気付かないこともある」と先生はおっしゃってくださいましたが、
その後の話があまりにもショックで信じられませんでした。

先生も大学病院の教授など何人かの先生に連絡を取って聞いてくださっていました。
その結果は、
そのような子はほとんど見捨てられてしまうので、
治療の経験がない、まず難しいだろう・・とのことでした。

たった1つの救いは、1人だけ見てみないとなんともいえないが、
手術をすれば助かるかもしれない・・・と言ってくださった先生がいらしたことでした。

本人の生命力とみんなの力でこんなにスクスク育ってきたつむじが
生きていけないかも知れないと聞き、はじめは涙が止まりませんでした。
経験のあるブリーダーさんにも聞きましたが、難しいと思うといわれました。

でも、しょげていても何もはじまりません。
今、つむじは生きているんだし、不可能だということを可能にするしかない、
つむじの生命力を信じるしかないとできる限りのことをこれからも続ける事を心に決めました。

三箇先生は獣医さんや大学病院の教授とお話をされていたにも関わらず、
なぜか悲観的ではありませんでした。
あとでお話を聞くと、
今度お願いする先生は日本でも指折りの先生で、
「2ヶ月まで待って手術しましょう。」とおっしゃられた、という事は、
後40日この子が生き延びれば、手術が行なえるという事。
この子は今までの子供の中でも本当に生きようという意志が強いので、
巳作がこれまで通り面倒を見てあげれば必ず助かると思っていた。
との事でした。

とにかく手術の日までミルクを与え続けました。
期待に応え、つむじも一生懸命ミルクを飲み成長してくれました。

手術前の血液検査の日が来ました。
数値がよくなく、手術はできないという判断でした。
ミルクだけで栄養が偏っているせいもあるだろうとの事で病院から療法食が出されました。
それを与えて1週間後に血液検査をすることになりました。
ところが美味しくないのかあまり食べてくれず、イヤーな顔をします。
なのにミルクだとすごい勢いで飲むのです。


しかし、ミルクだけというわけにはいきません。
騙し騙し食べさせるのですが、笑っちゃうほどまずそうな顔をするのです。
缶詰ではあったのですが、つむじにとっては粒が大きく、
砕いても破裂している口蓋の所にはいると「カッカッ」と少し苦しそうです。
見るに見かねた三箇先生がホームメイドドッグフードのふりかけをくださいました。


ちょうどその頃、三箇先生の医大生である娘さんが春休みで手伝いに来てくれていて
つむじの面倒を良く見てくれていたのですが、なかなか食べなくて苦労していた中、
それを食べた時のつむじは、すごい勢いで食べ、
おかわりまでしたと、ビックリして大喜びしているんです!

まずいものを食べたときは思いっきりブルーになるわかりやすいつむじが
おかわりしたなんて、よっぽど美味しかったんですね♪
(ちなみにこのふりかけは今、「つむじのふりかけ」として発売しているものです)

ふりかけとミルクを食べて、
2回目の血液検査の結果、手術が出来ることになりました。
ひとまず良かったとはいえ、三箇先生から
「万が一のことを考えて一緒に写真を撮っておいた方が良い」と言われたときには、
「つむじは大丈夫」と信じたい気持ちと
「麻酔をかけてそのまま目を覚まさなかったらどうしよう・・」という気持ちとが入り混じり、
手術をしてくださる先生とつむじの生命力を信じて祈るしかありませんでした。


スタッフも一緒に写真を撮っていました。
これがつむじと撮れる最後の写真になりませんように・・・。

手術は成功しました。
縫合したところが痛いのではないかと心配しましたが、手術前と変わらない元気なつむじで安心しました。
やっぱりこの子の生命力は強く、生きるべき子なんだと改めて思いました。

しばらくはまた、ミルクだけの生活でした。
実は、「わんわんDVD~ママからもらった小さな命~」の中で
ミルクを飲んでいる仔犬ちゃんは「つむじ」なんですよ♪

記念に残したくて撮ったシーンを入れたんです。

1ヶ月位して先生に診ていただいたところ、離乳食から少しずつ食べて良いとの事。
また、
ホームメイドのふりかけを食べられるようになったつむじは、今度はむせることなく食べています。

このような事があった「つむじ」なので、看板犬として残すことは決めていました。
ただ、お話してきましたように、様々なことを乗り越えて、
ちゃんと元気に皆様の前にお披露目できるようになってから
「14匹目の看板犬発表!!」をしたかったのです。

聞く話では、
つむじのような子は産まれたときに見放されてしまう事がほとんどだそうです。
もし、銀座ダックスダックスで産まれていなかったら、
この世にいれなかったかもしれません。


確かに手間やお金はかかるかもしれません。
しかし、それは一時的なものです。
このような子が産まれてくること自体、起こってはいけない事ですが、
それは飼い主である私の責任です。公表するべきことではないのかもしれませんが、
万が一、同じような事が起こった方がいらしたら、命が救えることもあるのだと是非知っていただきたかったのです。
1つ1つの命を本当に大事に思い、大切にすることで命が救えることもあるのです。

その1つの証が「つむじ」です。

今では他のワンちゃんと同じように過ごしているつむじですが、
先生をはじめ、周りの人たちの愛情に支えられ、「生きよう」と小さい身体で頑張ってくれた、この子に感謝です!!

ちなみに「つむじ」という名前は、産まれたときから頭のてっぺんに「つむじ」があったからです。
わかりやすい目印がこのつむじだったので、スタッフから「つむじちゃん」と呼ばれていました。
でも、名前として決定したのは、口蓋を診ていただきに病院へ行った時でした。
先生に「名前は決まっているの?」と聞かれ、
三箇先生が「つむじって言うんです」と答えた瞬間でした。
その時は名前のことより口蓋の事で必死だったので何とも思いませんでしたが、
心の中で一瞬、「それ本名になっちゃうんだ??」と、頭をよぎったことは覚えています(笑)

この「つむじ」☆毛が伸びてきたら「天然モヒカン」のように立ち、
ちょっとかっこよく変身したのです。よーく見てやって下さい♪

こんな顔して案外、気が強いところもあるので、良かったと思います。
これからお姉ちゃん、お兄ちゃんに教育されて立派な看板犬になります!
14匹目の看板犬「つむじ」をよろしくお願いします☆



☆ラム☆
2008.8.30生まれ

看板犬の中でも、私が初めて出会ったミニチュアダックスであるララには特別な思いがあります。
この子がいなかったら看板犬達との出会いも銀座ダックスダックスも存在しなかったと思います。

もし、神様が1つだけ私の願いを叶えてくれると言われたら私は迷わず、
「ララに初めて出会ったあの日に戻りたい」とお願いします。
突然現れた赤いリボンを付けたミニチュアダックスの可愛い女の子「ララ」との出会いは、
私の人生まで変えてしまうほど運命的な出会いだったからです。

私がララを飼った時から決めていたことの1つは
ララの家系は必ずレッドの女の子を最後の出産で残すことでした。

レディの時も名前は決まっていましたが、
レディの母親となるとララも11歳のおばあちゃまです。
少なくても20歳までは元気に生きてほしいと願っていますが、
若かった頃のララとは違う思いがあることは確かです。

ララと出会ったあの日をもう一度味わいたい・・・
ララが何度も生まれ変わって私のそばにずっといてくれればいいのに・・・そんな思いから、
「ララの夢」という意味で「ラム」と言う名前にしようと決めていました。

ララ家系の出産は、もうすぐ産みそうと思ってからすぐ産み始める時と
産みそうでなかなか産み始めない時と差がありますが比較的安産です。
しかし、今回は違いました。
産みそうで産まない状態が続き、夜中にレディの足が「プルプル」痙攣のような動きをはじめました。
夜中だし、もうしばらく様子を見ようと見ていたらあごまで「ガクガク」振るえはじめました。

熱を測ったらさっきより上がっていたので、すぐに病院に電話をしました。
留守電になってしまったのでメッセージを入れ、とにかく病院へ向かいました。
インターホンを鳴らしたら出てきてくださり、熱を測ったらすでに40度を越しています。
レディの「プルプル」は時々起こっていましたが、点滴をしたら少し落ち着きました。

これだと帝王切開になるので、朝早い為、対応ができないとのことで救急病院へ行くことになりました。
車で移動中、レディの痙攣はまた起こってきました。
こんな経験は初めてで何度も「レディ、レディ」と意識がなくならないように呼びかけました。
病院に着いたら意外にも落ち着いた対応にビックリしました。

まず、促進剤を打って自然分娩が無理なら帝王切開になる事と
5匹のうち2匹の心音が確認できないので全員助かるかわからないとの説明を受け、
「お任せしますので、とにかくお願いします。」としか言えませんでした。

みんな助かるに越したことはないけど、とにかくレディを助けて欲しい・・・
正直その思いが強かったです。5匹全員は難しいかもという覚悟はできていました。


待っている時間がこんなに長く感じたことはありません。
レディが助からなかったらどうしよう・・・
ララの家系が途絶えたてしまうかもしれない・・・

色々なことを考えてしまいました。

しばらくして、「1匹目は自然分娩で産まれました」と見せに来てくれました。
まだ1匹目ということはあと4匹なんてレディの体力が持たない・・・と思いました。
お任せするといった以上は獣医師の判断に任せるしかありません。
しばらくして、「帝王切開をしますが一緒に避妊手術もしますか?」と聞かれました。
「レディは大丈夫なんでしょうか?」と聞くと「大丈夫ですよ」と言う答えが返ってきて少しホッとしました。

帝王切開が始まりました。
レディが無事と聞き、今度は赤ちゃんたちがみんな無事であることを願っていました。
5匹全員はどうだろうという不安も多少ありながら、自分の運の強さを信じるしかありませんでした。

そんなことを考えながら待っていたら、診察室から先生が5匹の子犬ちゃんを持って
「5匹みんな無事でしたよ」と連れてきてくださいました。
本当に本当にみんな無事でよかった。
あとはレディの避妊手術をこれから行なうとのことで、
レディに会えるのは麻酔が覚めてからとのことでした。

麻酔から覚めたレディと会ってホッとしました。
数時間前に抱っこしていた時の高熱を出していたレディとは思えないほど元気そうでした。


レディありがとう!本当によかったです。獣医さんにも大感謝です。


出産の時以外は、何の問題もなく、みんなスクスク育ってくれました。
今回はレッドの女の子が3人なのでどの子を「ラム」にしようか、とても迷いました。
ララに一番似そうな子と思ったのですが、顔は成長と共に変わっていくし、
どの子を選んでも可愛くなることは間違いないし・・・なんて親バカな私ですが・・・
最終的には「頭の形」で選びました。

ララとレディの決定的な違いは頭の形です。
ララのほうが丸みがあり、耳の付け位置も下です。
ララに似た子にしたかったために丸みがある形になるようにと交配相手も選びました。

そこで3人の女の子の中で一番ララの頭の形に似そうな子を選んだら、それが長女だったのです。
どの子も可愛かったので、次女ちゃん、三女ちゃんが新しい飼い主さんのところに行くまで、
「やっぱりこの子の方がお顔はララの小さいときに似ている気がする・・・」
なぁ~んて正直思ってました(笑)

ラムは、「自分はここに看板犬として残る子」とわかっているかのように堂々としていました。
元気いっぱい走り回り、他の子と遊ぶところは小さい頃のレディそっくり。
ベッドを噛みながら寝るララの小さい頃からのクセをラムが引き継いでいるところが笑えます。

お正月に初めて他の看板犬たち全員と一緒に過ごすことになるので、
その前に毎日連れて帰り、他の看板犬たちそれぞれとご対面させました。
つむじとは若い子同士、追いかけっこをして遊び、つむじも楽しそうでした。
あとはジャズが遊んであげるくらいで他の子はあまりにもしつこいと「ウゥゥ~ッ」と怒ることもありました。


ラムが余りに怖いもの知らずで堂々としているので、
順位を理解させるためにも怒られたほうがよいと思っていました。

ところがお正月に連れて帰ったときに意外な事が起こりました。
スカイとチャチャとじゃれあったり、ミラとイヴと遊んだり・・・看板犬達と遊んでいるのです。
お子ちゃま扱いしているとしてもこんな光景は見たことがありません。
長い時間ではありませんが、大人の看板犬達も楽しそうです。

まだ、子供だからなのか、ラムがみんなに好かれているからなのか未だにわかりませんが嬉しい光景でした。
生意気にならないかと心配もありますが、理解できるくらいになったらルルが教育してくれるかな?

人間もそうですが、若い子の中にいると気持ちも元気で若々しくいられます。

(ちなみに、若いDDスタッフと共に仕事ができることはありがたいことだといつも思っている私です。笑)
ワンちゃんもそうだと聞いたことがあるので、
つむじ、ラム・・・と若い子パワーをもらって
看板犬たちみんないつまでも元気で長生きしてくれるといいなぁ~と思っています。


どんな子に成長するか、これからが楽しみです。

2009年1月10日



☆エル☆
2009.10.24生まれ

エク家系で残す子は代々チャンピオン犬にしようと考えています。
これはエクのお父さんの血統がチャンピオン犬ばかりだったので
それを途絶えさせないことが
亡くなった先生への恩返しと考えているからです。

最後の出産では女の子を残すことに決めているので
交配のときからエクには「女の子をたくさん産んでね♪」とお願いしていました。
エクは期待通りに3匹の女の子と1匹の元気な男の子を産んでくれました。
エル以外の3匹はブラックタン。看板犬の中でチョコ系はイヴだけなので
できればチョコダップルを残したいと思っていたのですが
エクが兄弟の中から「エクセレント!」と先生に選んでいただいたように
チャンピオン犬としてふさわしい子をエクやマリをチャンピオンに仕上げてくださった
ハンドラーさんに選んでいただくことにしていました。


エクの子供は毎回手間がかからず、育てるのにもとてもラクです。
だんだんと4匹それぞれの性格も出てきた頃からエルが16匹目の看板犬として
ふさわしい性格をしている
と感じていました。
なぜかというと
めげない強い性格を持っているからです。

DDでは看板犬達の順位を崩すことがないようにどのスタッフが接しても、ララ・ルル・スカイ・・
と順番を崩しません。通常、褒めるときは上から、怒るときは下からです。

「それじゃあ下にいくほどかわいそう・・」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、心配は要りません。
その分、
1,2匹ずつ交代で自宅に連れて帰るときには愛情たっぷり大事に思っていることを伝えています。
ずっと一緒にいることができない分、いる時間がとても貴重なのです。
なので
看板犬達はそれぞれ、私が1人1人の事を大好きで大事に思っていることを理解してくれていると思うし、
私のことも大好きでいてくれていると信じています。


ただ、実際には下にいけばいくほど、ご飯をもらう時も順番が遅くなるし、
悪いことをすれば怒られることも一番多くなる可能性が高いのも確かです。
なので、
ある程度気が強くてめげない子の方が看板犬として適していると考えています。

兄弟でじゃれあう時間はワンちゃんの社会教育として大切な時間です。
同じ兄弟でもそれぞれの性格の特徴がこの時期にわかってきます。
その中でもエルを見ていると一番強いです。

「やられたらやり返す」って感じで負けっぱなしはありません。
食事のときは「ワォ~ンワォ~ン」と一番うるさく催促をし、バッグに入るときは
我先にと入っていき、出てくるときは最初に出てきて・・・
物怖じしないというか、ずうずうしいというのか(笑)
とにかく、
これくらい度胸がすわっていれば、ショーのときも安心かも。

約1ヵ月後、どの子がふさわしいかを見に来ていただきました。
どの子でも問題がないので性格で選べばよいのではとアドバイスいただきました。
そしたらこの子しかいない!と決まったのがチョコダップルの女の子だったのでした。

どの子が残るにしても名前は
「エル(ELLE)」と決めていました。
(実は次に残す子の名前も決めているんですよ♪)

名前の由来は・・・
「キューティーブロンド」というチワワちゃんが出ている映画の主人公の名前です。
個人的には「キューティーブロンド2」の方が好きなんですが、あの映画を見るとなんだか元気になります。
映画の中のエルは明るくておしゃれでまわりを元気にしてくれる不思議な魅力を持っている女の子です。

16匹目の看板犬「エル」もだんだんと年をとってきた看板犬達をはじめ、
まわりのみんなに元気を与えてくれるそんな子になって欲しいという願いを込めてです。

スペルは違いますが「エルテ」の絵が好きなのでその「エル」でもあります。
エルテの絵は2階のSBTをはじめ、ビル内にも何枚か飾られています。
2004秋冬カタログのララとイヴの後ろに写っているブロンズや
2005秋冬カタログのエクの後ろに写っている絵はエルテの作品です。
エルテの作品のような美しい「エル」になってくれると良いのですが・・・(汗)

来年から看板犬として皆様をお出迎えすることとなります。
皆様エルの成長を温かく見守ってくださいね♪

2009年12月14日



☆レイ☆
2006.4.8生まれ

レイは三箇先生の娘さんの愛犬です。
娘のさきちゃんが医大受験中に三箇先生がプレゼントをしたワンちゃんです。

ほとんどのお父さんは受験勉強中に犬を飼うより、「合格したらプレゼント」が普通ではないかと思います。
さきちゃんは高校・大学とイギリスの学校に行っていました。
イギリスと日本の勉強は違うため、受験をするには一から勉強しなおさなければならなく
日々勉強の毎日で相当なストレスが溜まっていたようです。
それを見ていた三箇先生は
「ワンちゃんがそばにいれば癒される」と考えたのです。

ちょうどその頃は看板犬の子はいなかったので、DD専属ブリーダーさんにお願いしました。
そこでやってきたのがレイでした。私と同じで室内犬を飼うのは初めてだったので慣れるまでは大変だったようですが、
三箇先生の思った通り、勉強でストレスが溜まってもレイが癒してくれる良きパートナーになりました。
そしてめでたく合格し、医大に通うことになりました。
受験勉強も大変でしたが、実際に大学に入ってからはもっと勉強が大変になり、
自宅からより会社からのほうが通学時間も短縮できるということで会社から通うようになり、
学校に行っている6年間はDD看板犬達と共に過ごすことになったのです。
今4年目なのであと2年はいます。

勉強中はおとなしくしていたためか、
レイは1人遊びが上手です。

看板犬達と一緒に屋上で過ごすようになり、
1つ意外なことがありました
その頃はジャズまでの13匹が看板犬で私の予想ではジャズが一番遊び相手になると思っていました。
ジャズはみんなに遊ばれるのが大好きであまがみされてはおなかを出して喜んでいるからです。
看板犬の中ではアプは警戒心が強い方なので慣れていない子がそばに来ると「ウゥ~」といい、
最初にアプに近づく子はあまりいません。
ところがレイがアプを追っかけて遊んでいるのです。
きっとアプも自分に最初に近づいてくるとは思っていなかったので「ウゥ~」という暇がなかったのか逃げていました。
ビックリしたというか笑っちゃったというか、
「もしかしてレイって空気読めない子??」と思ってしまいました。(笑)


いつもはおとなしいのですがさきちゃんや三箇先生をみると「ウオォ~」と
何とも言えない声を出し喜んで(?)います。
今では看板犬の一員としてすっかり馴染んでいます。
さきちゃんにあまり会えない時期があるので毎日交代で看板犬達を自宅に連れて帰るときに
レイも連れて帰るようにしています。
やっぱりママが一番だと思いますが、私が連れて帰った時も嬉しそうにしています。
最近は帰るときに私にも「ウオォ~」といいますが「順番だよ」というと
あきらめておとなしくなる聞き分けのよい子です。
これからもDD生活を楽しんでほしいと思います。


2010年10月11日



☆ベティ☆
2009.3.8生まれ

レイの初出産で4匹が産まれました。
レッドの男の子が1匹、女の子が1匹そしてブラックタンの女の子が2匹。
新しい飼い主様は産まれて数日であっという間に決まりました。

DDでは産まれたときの状況から毎日の体重や様子などを育児日記に記入して新しい飼い主様にお渡しをします。
名前も新しい飼い主様が決めた時点で呼び始めます。

早く決まった4匹の子犬ちゃん達にはそれぞれ名前が付けられました。
レイの母乳も問題なく出ていたので授乳することもなくみんなスクスク育っていきました。
離乳食が始まり、少しずつ歩くようになってきました。体重は順調に増えていたのですが、

ベティと名付けられたブラックタンの女の子が時々離乳食を吐くことがありました。

本人は元気なので、はじめは「勢いよく食べ過ぎてかな?」とか
「食べた後すぐ暴れていたからかな?」と思っていました。

念のため、病院に連れて行ったところ
「巨大食道症」かもしれないとのことでした。
もし、そうだとしたら吐いていたら栄養がいかないのでもちろん育ちません。
もちろん私たちも初めての経験なのでどうなるか想像もつきません。
とにかく新しい飼い主様に話しました。
ちょうどその頃、専属ブリーダーさんのところからブラックタンの女の子が来ることになっていたので
そのこともお話ししました。
「ベティ」という名前もすっかり覚え、名前を呼ぶと喜んで飛んでくるかわいいベティを見て
最初はそれでもこの子がよいと言ってくださいました。
みんなと一緒に遊ぶ時は元気なのですが、遊んでいる最中にいきなり吐きます。
その状態を実際見てもその飼い主様はベティを愛情いっぱいで見守ってくれています。
ベティも何事もなくこのお家に行けたらどれだけ幸せに過ごせただろうか・・・
DDの子犬ちゃんたちは本当によい飼い主様に恵まれてみんな幸せになっています。
殺処分されるワンちゃんが多い1つは販売する側の責任もあると思います。
そんなワンちゃんを少なくする第一歩として一生大切に育ててくれる方を探すのが私たちの使命であると考えています。

そのためには健康な子をお引き渡しすることが何よりも大切です。

ブリーダーさんのところからきたブラックタンの女の子を見ていただくことになりました。
これが運命というのか、その子がベティにそっくりだったのです。
「ベニィちゃん」と名付けて今幸せに暮らしています。


そんなことがあり、ベティはDDで育てることになりました。
つむじを手術してくださった大学病院の先生にも診ていただき、確実に巨大食道症ということが判りました。
このような場合はまず育たないし、加齢によるものではないので手術も効果的では無い、
そして、残念なことですが、きちんと育った子を見たことがないとも言われました。

吐く際に気管に詰まったら命取りにもなりかねません。
相当な手間も時間もかかるし、考えられないような愛情なくしては絶対難しいとのことでした。
確かにそう思います。
食事も何度かに分けて与え、食事の後は胃に食べ物がいくように1時間ほど立てておかないといけません。
いつ吐くか分からないし、状態によってはすぐ病院に連れて行かなくてはならないのです。
でも、ベティが悪いわけではありません。
どんなことが起こっても常に愛情を持って接してあげることが必要です。
三箇先生も私も愛情に関しては自信があります。
不可能といわれている事を可能にできるようにできる限りのことをするしかないのです。


なかなか増えなかった体重が3,2kgまで増えた去年11月頃、
吐いたものが気管に詰まり肺炎を起こし救急で入院をしました。
1週間で体重が600gも落ち、退院してきたときにも元気がなく死んでしまうのではないかという時がありました。
それまでは元気だったのでこの経験で
急変する怖さを知りました。
その後、六本木の花沢犬猫病院のお兄ちゃん先生に何度お世話になったことか・・・
お兄ちゃん先生の動物に対する愛情と症例研究のおかげもあり、日々心掛けながら無事1歳を迎えることができました。

2010年10月にも前回と同じことが起こり、肺炎を起こしました。前よりひどい状況でした。
水しか飲まない状態が続きどんどん痩せていきました。
三箇先生が毎日病院へ連れて行き、点滴を打ち、帰ってからも2時間毎位にスプーン1,2杯の栄養食を与え、
食べた後は抱っこして・・・今はだんだん食欲も出てきてまたも乗り越えることができました。
これからも色々なことが起こると思いますが、DAXDACHSの子たちはみんな生命力が旺盛です。
大切に、そして大事に育てていきたいと思います。


2010年10月14日



☆ケリー☆
2009.5.30生まれ

ケリーはマリの子です。
マリとの出会いをお読みいただければわかるのですが
マリはエクをチャンピオン犬に育ててくれたハンドラーさん=DD専属ブリーダーさんのところから来ました。
ブレイブ、ラムもチャンピオン犬に育てていただき、
現在はエルとレイラをチャンピオン犬にするために育ててくださっています。
マリやエクをきっかけに絆が強まったその方のことを私はとても尊敬しています。
ワンちゃんたちへの真の愛情ってこういうことなんだと勉強させられることばかりです。
100匹近くいるワンコ達1匹1匹の気持ちを把握し、リーダーとして尊敬されているのが犬舎に行くとわかります。
そんなたくさんのワンちゃんの中でもマリの家系にはこだわりがあるようで、
マリのおばあちゃんやお母さん、兄弟、初出産で産まれた2匹の子供を犬舎に残しています。
そして最後の出産でもう1匹マリの子を残したいとのことでした。
ブリーダーさん自身はマリを手放したくなかったはずです。
でもエクと一緒にいる方がこの子達にとって幸せだからという2匹の気持ちを考えて、

大事なマリをDDへ贈ってくださった
わけです。交配から出産を終えるまでマリは向こうで過ごしました。
その時産まれたのが
ケリーでした。
和恵の「K」とマリの「リー」を組み合わせて「ケリー」と名付けてくださいました。

たった1匹なのにもかかわらず、マリのことは思えないほどちっちゃくてお目目がクリっとした私好みの顔です。
ブリーダーさんと私は好みが違い、ブリーダーさんは「カッコよさ」を求めます。
マリと同じくチャンピオン犬に育てるにはケリーはかわいいけどカッコよいという感じではありません。
チャンピオン犬というより小柄でかわいいペットちゃんという感じです。
マリと一緒にケリーがDDにきた時、ちょうどラムがチャンピオンになるために修行に出る時期でした。
そこでケリーは色々なお客様と接することで人にもなれるようにと
看板犬としてDDでしばらく過ごすことになりました。
ケリーは人懐こい性格でワンちゃんに対してはすぐお腹を出します。
エクと一緒にゴロゴロしている事が多く、よく動くマリよりエクの子かと思うほどマッタリした性格です。
お客さまからもかわいがっていただき、本人も嬉しそうです。
生後約半年になる期間の年末までDDで過ごし、その後しばらくの間ブリーダーさんのところで過ごしました。
そしてエルが夏からチャンピオンの修行に出るとき、ケリーが再びDDに来ました。
ケリーは何故だか私が大好きのようです。「ケリー、私何かしてあげた?」と聞いた位です。(笑)
きっとのんびりゴロゴロできるDDにいたいアピールだと思います。
その姿を見て先日ブリーダーさんからケリーの血統書が送られてきました。
「ケリーをよろしくお願いします」と一筆書いた手紙と共に。

そんなことがあり、
ケリーはうちの子=看板犬として暮らすことになりそうです。
ちなみにケリーのお父さんは私の好みの顔をしたお気に入りの子です。
かわいいケリーを皆様よろしくお願いします。

2010年11月1日



20匹目に初のプードルが仲間入りすることになりました。
「何でプードル?」なのかは、まず、こちらをご覧ください。


レイラの思いの前に・・・

トイプードルのレイラが看板犬に仲間入りするにあたり 「ダックスダックスなのに何でプードル?」そう思われた方も多いと思います。 私もはじめ、そう思いました。実はレイラが来る1年前くらいから三箇先生にプードルを飼うように勧められていました。はじめは冗談かと思っていたのですが、専属のブリーダーさんと3人で話した時に三箇先生から「プードルを探して欲しい」という話が出たときにはこれは本気だったということが判りました。理由は後でお話しますが、最初私の中には抵抗がありました。

もちろんワンちゃんは犬種に関係なく大好きです。でも、お店まで始めようと思ったのは、この子達=ダックスを愛する気持ちからです。1人の飼い主としてこの子達との生活の中で感じたことから納得できるものを作って同じ悩みを持った飼い主様やワンちゃんに喜んでいただきたいという気持ちからです。DDフードを発売してからは他犬種のワンちゃん達も 増えましたがそれまでは9割以上がダックスのお客様です。そんなお客様の支えがあってこそ小さいながらもここまでくることのできた「銀座ダックスダックス」です。 「お客様をガッカリさせてしまうのではないか?」と思ったし、「看板犬達がどう感じるだろう?」と心配でした。正直、ダックス以外のワンちゃんを飼うことは気がすすまなかったのです。

そんな私を見て三箇先生が色々話してくださいました。 三箇先生のところには日々、多くのお客様からのお悩み相談が寄せられるのですが DDフードを発売してからダックスはもちろん他犬種の相談も多くなりました。 例えば、ダックスと他犬種を飼われている飼い主様から「ダックスはDDさんがあるから安心だけど○○専門店はあるけどきちんとした相談が出来ない・・・」とか、 「ダックスにはDDフードを与えて毛艶がよいけど一緒に飼っている他犬種のワンちゃんは毛艶が悪い。」というのでよく聞いてみるとDDフードはダックス専用で他犬種には与えてはいけないと思っていて違うフードを与えていたなど。 確かに看板犬達のために開発し、ダックスに多いヘルニア予防を考えてグルコサミンやコンドロイチンを配合していますが、それは他のワンちゃんにも必要なものです。実際、他犬種のワンちゃんからの股関節の相談は私も多く受けています。

私達はどの商品を開発する時にも 「自分達が本当によいと納得できる商品をお客様に提供する」という思いがあります。 「本当のよさ」というのは実際に使ってみないと判りません。DDフードを作るときにも 発売前に看板犬達に与え、毎日便の状態を1~5のランクを付けてノートに綴り、 健康状態も変化を見ながら開発してきました。看板犬達のためにどれだけ三箇先生が真剣に考えて苦労して開発したかも見ています。 販売している側としてよい商品だというのは簡単かもしれませんし、胡散臭い感じがありますが、私は大切な看板犬達が健康で過ごせるためにふさわしいフードができたと心から満足し、三箇先生に感謝しています。もちろんDDサプリも同じく素晴らしいと感じています。

その三箇先生が他犬種を飼うようにというのはもちろん理由があるのは解っていました。 他犬種の飼い主様とお話しする機会が多くなってきた中、ダックス以外の犬種をせめて1匹でもいいから飼ってみる必要があることは私自身も感じていました。

三箇先生にくるお悩みの中でもプードルちゃんからのご相談がダックスの次に多く、それは私も感じていました。特に「ドッグフードを食べない」というご相談が多いです。 フードを食べないことはララで苦労したのでその気持ちはわかります。「ララでも食べてくれる美味しいフードを」と作ったDDフードでもあるので同じ悩みを持ったワンちゃんには犬種に関係なく、食べていただきたいと思っています。 実際、DDフードでも食べないワンちゃんもいますが「ドライフードが嫌いだった子なのにDDフードなら食べてくれる」「フードをこんなにおいしそうに喜んで食べる姿を初めて見た」など今まで食べなかったワンちゃんがDDフードは食べてくれる例がいくつもあります。嬉しい気持ちと同時に他にも食べなくて困っている子、たくさんいるんだろうなと思っています。そんなワンちゃんがDDフードを美味しく食べて健康に過ごしてくれたらどれだけ嬉しいことか・・・。犬種に関係なく、愛犬に健康で長生きしてほしいという思いは共通です。もっと他犬種のワンちゃんにも知っていただくために ダックス以外の犬種を看板犬として飼い、知っていくことはやはり必要だと思いました。

もちろん、ダックス専門店としてダックスのためによりよい商品やサービスを行っていく気持ちは変わりません。+αとして他犬種のワンちゃん達にもDDフードやDDサプリなど、よいと思うものは提供していきたいと思っています。色々な犬種を知ることにより、色々なことを勉強し、結果的にダックスの飼い主様やワンちゃん達にもさらによりよいものを提供していけることに繋がると確信しています。

これからも末長く、ワンちゃんを大事に思う仲間として皆様にご理解いただくと共に応援していただけたら幸いです。


2010年11月4日



☆レイラ☆
2010.2.16生まれ

三箇先生がトイプードルを看板犬に迎えることを本気で考えているのを知り、
専属ブリーダーさんが探してくれることになりました。
専属ブリーダーさんはダックスが専門ですが初めてドッグショーに出したのはプードルだったそうです。
3人で色々話して、どんな子にするか、条件を絞りました。カラーはシルバー。
健康であることはもちろんですが、ショータイプの子。
そして私からのリクエストは「お目目が大きい美人さんがいい」要は「ララのプードル版」でした。
(親バカですが・・・笑) な
かなか見つからなかったのですが、4月ごろ、2月生まれのグレーの子がいるという連絡が入りました。

もう少し様子を見て・・ということで保留になっていました。
その後、他もあたってくれていたようですが7月に入ってやっぱり最初の2月生まれの子がよいということで
7月の末にブリーダーさんのところに来ることになったという連絡が 入りました。
来たという連絡が入ったのが8月1日、ちょうど日曜日でした。
その日は撮影会があったので、お迎えに行くのは難しいと思っていたのですが
思ったより早く終わったので、三箇先生が「今日迎えに行こう」と急遽行くことになりました。
名前は既に「レイラ」と決まっていました。三箇先生がエリック・クラプトンの 「いとしのレイラ」が好きで、
いつか「レイラ」という名前をつけたかったということで決まっていたのです。
「5か月半経っているトイプードルの大きさってどんな大きさだろう?」「どんな子なのかなぁ?」
車の中でそんな話をしながら迎えに行きました。

ブリーダーさんのところに着き、家に入ったらダックス、プードル、チワワなど
何匹かのワンコがお迎えしてくれました。
「レイラは?」というとソファの上でチョコンと座っていました。
どうすればよいかわからないという感じです。これがレイラとの最初の出会い。
「お目目パッチリの美人さん」という希望は叶ったようできれいな顔立ちをしていました。
この子はどんな風に育ってきたんだろう??
トイレのしつけもできているし、日頃からきれいに手入れがされていて感じだったので
大事にされてきた子なんだと安心しました。
その半面、レイラが家に来た方が幸せだったと思えるように育てなければと思いました。

三箇先生に自宅まで送ってもらいました。
家にはスカイが留守番をしていましたが スカイはいつもと変わらずにいました。
レイラは部屋のドアのところに丸まって いました。「こっちにおいで」といってもなかなか来ません。
「そーだ!フードをあげてみよう」とDDフードをあげてみると・・・食べない・・・
やっぱりプードルってより好みをするのかな?それとも緊張しているのかなぁ?
とにかく今日はそのままにしておこうと思い、そっとしておきました。
一緒に寝ようとベッドにいれたら朝までほぼその位置から動いていない様子でした。
レイラが来た第1日目は緊張してよそよそしい感じでした。

ショーに出すためにブリーダーさんのところに行くまでの間、慣れるように毎日自宅に連れて帰りました。
もちろん、看板犬と一緒です。私も看板犬達もほとんど今までダックスとしか接していなかったので
色々な発見がありました。 足が長いだけでも大きな違いです。
初のプードルとの生活ですが、チャンピオンに挑戦するため、 また、離れ離れです。
パピークラスで出場した2010年10月30日のショーでは エルと共に1席でお見事でした♪
しかし、プードルの世界は難しそう・・・レイラ、頑張れ!!!

2010年11月5日



☆ライラのお話にいく前に…☆

2011年は東日本大震災があった年でしたが
この年に初めて看板犬とのお別れを経験しました。
最初にお別れしたスカイは、ガンだったので覚悟はできていたはずなのですが、
現実をなかなか受け入れられない自分がいました。
(残念なことにこの頃には未だサプリの三種のフコイダンはありませんでした。)

この後に続くライラとの出会いを書くにあたり、
看板犬とのお別れに触れる必要があった為、なかなか書けずにいました。

2011年から今までの 8年の月日の中で、初代看板犬ララを始め、銀座ダックスダックスがオープンした時にいたNO5のララ、ルル、スカイ、ミラ、チャチャ、の5匹、そしてオープン当時、パピー小屋にいたイヴとのお別れもありました。今振り返ると全てに意味があったのだと感じています。

老衰や病気などさまざまな理由でお別れを経験しました。腎臓、膵臓、心臓、ガンなどの病気の経験をする度、勉強と実践が伴い、それまでの経験は今の看板犬達の健康管理やお客様へのアドバイスに活かす事が出来ています。

昨年16周年の記念日にあたる2018年2月22日、まるでこの日を選んだかのようにイヴが16歳2ヶ月で安らかに息を引き取りました。これもきっと意味のある事だと受け止めています。イヴの1周忌にもあたる2019年2月22日のオープン17周年記念を迎えるにあたり、ようやく、ライラとの出会いから書き初める事が出来るようになりました。

2019年2月22日

☆ライラ☆
2012.1.23生まれ

ライラが生まれる前までは、最後の出産の子を残すと決めていました。ライラのママであるラムは次の年にも出産をする予定でしたので、この出産では残す予定ではありませんでした。 ところが、思いがけない事が起こり、ライラを看板犬として残す事になりました。
それは、ケリーの出産の時に起こりました。
2012年3月9日早朝から産気付いたケリーの陰部から緑色のオロが出ていたのですぐに病院へ連れて行きました。
1匹を自然分娩で産んだ後、あと2匹、かなりの時間をあけて帝王切開をした結果、無事に合計3匹が生まれてきました。しかし、手術後に引き継いだ医師の術後管理のミスで結局、2匹は助かりませんでした。それだけではなく、翌日にはケリーまで失う事になりました。
新生児に続き、夜中にケリーが急変したにも関わらず何ら連絡もなく、翌日の昼に迎えに行く予定だった1時間前にやっとケリーまでが危篤だと連絡を受け、駆けつけた数時間後にケリーが息を引き取るという最悪の結果。
完璧な病院のミスで、これから3歳になろうとしていた大切なケリーの命までもが奪われてしまいました。
スカイ、ミラと続けてお別れをし、10周年を機に気持ちを切り替えて
ようやく悲しみを吹っ切れた矢先になぜこんな事が起こるのか、
何の意味があって何を知らせる為なのか本当にわからなくなってしまいました。

ただ、1つ言えた事は、若くてまだまだ先があると思っていてもこんな事が起こる事もあるとしたら、
もっと早く看板犬の子を残しておくべきだという事でした。

これを教訓に、ちょうど1月に生まれていたラムの子を急遽残すことにしました。
それがライラでした。ララ家系はラが付く名前と決めているのでライラの名前は好きな映画の1つでもある「ライラの冒険」からとりました。
ライラはちょっぴりツンデレなところがララに似ています。
今思うとあの時ライラを残していなかったらたぶんララ家系は途絶えていたと思います。

ここでちょっとケリーのお話。
ケリーとの出会いに書いた通り、ケリーはもともとは看板犬ではなくブリーダーさんが残す予定だった子です。遊びに連れて行ってなかったので出産が終わったら2人でお出かけしたいと密かに思っていました。若いし、これからたくさん一緒に思い出を作っていけると思っていたのに・・・
この事件が起きるまでは年上の子を優先してお出かけする事が多かったのですが、若い子とも均等にお出かけするように なりました。これも、もしかしたらケリーが身体を張って教えてくれたのかもしれません。
私はさまざまな出来事をただ悲しいだけで終わらすのではなく、どんなメッセージを残したのか、ちゃんと汲み取っていかなければならないと思っています。そして、それぞれの子達が残したメッセージは、以降の看板犬達に間違いなく活かせています。

2019年2月22日

☆リリータン☆
2012.3.10生まれ

ケリーの事があり、三箇先生と相談して、1匹だけ残った女の子は看板犬として残す事に決めました。病院へ迎えに行く前は、私が授乳して育てるつもりでした。
三箇先生と迎えに行き銀座へたった1匹で連れ戻ってきたった時、お母さんのオッパイを必死に探して元気に動いているその子を見て、三箇先生は目を潤ませながら「やっぱりワンコはワンコのお母さんにおっぱいをもらい、育てられた方が幸せだね。ブリーダーさんに今、授乳できる子がいるか、すぐに電話で聞いてみて。」そうおっしゃいました。
電話をすると「3月1日に産んだ子がいるから今から親子ごと車で連れて行くね」と言って、バンに乗せて本当すぐに連れてきてくれました。

親犬が興奮しないように子犬だけを預け、その頃ビルの隣にあった駐車場でおっぱいをあげてみてくれました。
しばらくすると大丈夫そうだから来ていいよと連絡が来たので駐車場へ行きました。
バンのドアを開けた途端、ビックリ!!
何とそのお母さんは、ジャズの姉弟のノンノンでした。
実は、ブリーダーさんがマリをくださった時、お金を払うと言ったら
「そーいうつもりでなく、ただ、エクとマリがこの先もずっと一緒の方が2人にとって幸せだから。」と言って下さいました。しかし、マリはチャンピオン犬でもあったので、何もしないのは申し訳ないと言ったらその時パピー小屋にいたワイアの子を見て「じぁこの子ちょうだい。」と言って連れて帰ったのがノンノンだったのです。
将来ここに繋がってくるとは夢にも思っていませんでした。
その子はノンノンが乳母になって育ててもらいました。名前はブリーダーさんが
リリータンと付けてくださいました。ここにはケリーの生まれ変わりのケリーリターンという意味が込められています。

2019年2月22日

☆BJ☆
2012.3.3生まれ

ノンノンがオッパイを飲ませてくれることがわかり、連れて帰って頂いた後、ブリーダーさんから連絡があり、
ノンノンの子は、3月1日生まれじゃなくて3月3日生まれだったと連絡がありました。
3月3日って私と同じ誕生日!と言ったら「じぁ、プレゼントしてあげる」と言ってくださいました。
今考えるとブリーダーさんは私の誕生日を知らないし、わざわざ誕生日の間違いを電話してくれたのも不思議です。しかもノンノンの子が看板犬になるという事は、途絶えていたと思っていたルルとスカイの家系が再び戻ってくるという事です。
その子もブリーダーさんが名前を付けてくださいました。ブラッキーの孫で、ジャズの甥っ子のその男の子の名前は、それぞれの頭文字をとって、BJと名付けられました。
BJとリリータンは兄妹のように育てられ、2人がDDにやって来たのは、
偶然にもケリーの四十九日でした。
色々な偶然が起こり過ぎて驚きの連続でしたが、実は、偶然ではなく、必然的に起こった事なのかもしれないと思わざるを得ませんでした。
改めて、巡り会い、ご縁というものを今まで以上に大切にしようと感じました。

BJとリリータンがやってきてから本当の意味で悲しみを引きずる事がなくなりました。
正確に言うと悲しんでいる暇がなくなった感じです。
なぜなら、BJは今までの子達と違って子犬の時からズッシリして大きい子でした。
みるみる大きくなったBJは今までの看板犬とは違っていました。ダックスは何匹も育てているはずなのに大きいというだけで、こんなにも違うものか、その存在感からもまだまだ学ぶことはたくさんあると思いました。
BJの教育は特に三箇先生が厳しく行ってくださいました。
おかげさまでBJはいい子に成長しました。
今でも三箇先生のことが大好きで三箇先生を見ると目がハートになって、すぐそばに寄って行きます。
そして、なかなかのプレイボーイで若い女の子(人間も含めて)には優しく、すぐにすり寄っていきます。もちろん目には2重のハートが浮かびます。

2019年2月22日



・・・つづく

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